珈琲とクリームチーズ
「今日で、おわりにしよう。別れたい。」
「…そっか、わかったよ。お前がそう決めたなら、うん、そうしよう。」
「うん。ごめん。」
1年2ヶ月付き合った恋人と、昨夜別れた。
自分から別れを切り出したくせに、綺麗な記憶が鮮明にフラッシュバック、涙が止まらなかった。
たくさん考えて、考えて、やっと覚悟を決めて、心をギュッとひねり出して 自分の意思を持って発した言葉だったのに、まるで別れを切れ出された側かのように 「ごめんね、ごめんね。」と声を上げて私は泣いた。
そんな私を、私が大好きだった人は、今までにないくらい優しくて穏やかな目をして、「お前は何も悪くないよ。泣かんでいいよ。」と言いながら、私の目から次から次へと溢れてくる涙も一緒に私をぎゅうっと抱きしめてくれた。
そうだな。
私はこの人の腕の中で、この人の香りを目一杯吸い込んで、静かに眠りに落ちることが、何より大好きだった。幸せだった。
でも、一度感じてしまった違和感は、私の中でどんどん大きくなっていき、もうどうすることもできなかった。
好きではあるのに、一緒にいても寂しくて、満たされなくて、相手の言動にイライラしたり 怒ったり、いつも苦しかった。近くにいるのに遠かった。そんな風に感じてしまう自分の変化が悲しかった。
「この人とずっと一緒にいたいとは思えない。好きなのに、何かが違う。」
心のどこかで気づいていた自分の本音を、無理矢理誤魔化しながら、目先の寂しさに踊らされてやってきたけどもうダメだ、と昨日の夜たしかに思ったのだ。決心がついてしまったのだ。
泣きじゃくる私と、そんな私を困り顔で優しく抱きしめてくれる彼は、その日はそのまま一緒に眠りに落ちた。
翌朝、2人でコーヒーを飲んだ。私が好きだったクリームチーズを添えて。でも、コーヒーとクリームチーズなんて組み合わせ、全然合わなかった。最後にキスをした。手を繋いで外へ出た。眩しい朝日の中で、「お元気で」と笑う彼の顔を見上げると、やっぱりまだどれだけでも愛せる気がした。
でも、振り返らなかった。振り返ってしまったら、こういう決断をするに至った自分の葛藤、たしかに感じた違和感、お互いのためだと信じて下した決意を、また目先の寂しさに惑わされて全部無駄にしてしまう気がした。
彼の家においてあった私の荷物が入った大きな袋を手にぶら下げて、しっかり前を見て歩けた。大丈夫。
またご縁があれば、お会いしましょうマイダーリン、ありがとうさようなら。